ヨガのドネーションクラスやってます — 稲城 矢野口 —
今回は年始より無料クラスから変更させてもらった「ドネーション(クラス)」について。
ヨガや瞑想会などのドネーションクラスに違和感なく参加をしてきた私ですが、
ママ友はじめ私の生徒さん方、ドネーションと言われてもなかなか耳馴染みがありませんでした。
「寄付」とか「チャリティー」と変換し説明を添えてみましたが、はたしてその反応はどうだったでしょうか。
・自分が体験する70分のクラスに自分自身で価値を決めてください。
・集まったドネーションはこれからヨガをしたくて集まる人に還元されます。
・この場所を無償で貸してくれている地元のコミュニティに寄付します。
・集まった資金でできる事を企画します。
例えば
赤ちゃん期を卒業して動きまわる子どもを見守るサポーターさん付きヨガクラスを開いたり…
いつもと違う場所でヨガをしたり…
「で、それをやるのに幾ら必要なの?」
「料金 決めてもらった方がラクなんだけど。」
お母さんから出た言葉です。
善し悪しではなく、私たちの普段の考え方、行動の仕方を代表するような分かりやすく何気ないフレーズですよね。
そう、私たちは必要なこと、モノのために結果から逆算して考えるようにします。
それは時間やお金が限られたなかでは重要なことです。
世の多くの仕事においても然り。
ただ、今回は「お母さんという職業病?」という考えもよぎりました。
日々のスケジュールから晩ごはんの献立まで子どもや家族を優先して、自分の希望はつい後回し。
いつしか自分の望みに蓋をして『自分の意志で決める』ことや『自分の望みを叶える』ことも止めてしまったり。
それは無欲とも少し違うように感じます。
年始のクラスでイメージトレーニングを行いました。
—自分の夢、希望、目標はなんですか?—
あえて念押ししました。
家族の夢、家族でやりたいことではなくて、敢えて自分の夢や望みを掲げましょう。
ドネーションと同じく
「えー、難しいなぁ。」
「そんなの考えたことない。」
「なにも浮かばない。」
「つい家族みんなで〇〇したい…とか思い浮かんじゃう。」
なんだかんだと家族のために動いてしまう(動かざるを得ない)お母さん。
家族の夢が「私」の夢になりがちなお母さん。
フィジカルの訓練にアーサナを練習するけれど、
たまには思いがけない問いかけをしてみたりしてお母さんの役割を降りた「自分」に会いに行ってみる、それも練習のような気がします。
自分の想いのまま動いてみる、
自分で物事の価値をはかる、
たとえ家族や仕事を優先させる毎日であっても、自分の希望や意志を胸のうちに知っていることはマイナスではありません。
そんな「おまけ」の練習もくわえて、ドネーションヨガクラス また新年度もマイペースに地域のみんなと楽しみたいと思います。
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次回ドネーションヨガクラス
4月25日(木)9時45分〜11時10分
場所 未定(稲城 矢野口付近)
定員10名(赤ちゃんの年齢、人数により変動あり)
どなたでもご参加いただけますが、人数確認のためご予約をいただいております。
赤ちゃん連れOKです。
ご予約 問合せ
yoga.studio.branch@gmail.com