「マインドフルネスとヨガ 」講師をつとめました
先日 「マインドフルネスとヨガ」というテーマで講師を務めました。
参加者の皆さんは日中の仕事を終えてから会場に集合。夜19時からの90分クラス、本当にお疲れさまでした。
集中して取り組んでくださって有難かったです。
「マインドフルネス」…自分では意識した練習をしていても、はじめて取り組む方に興味を持っていただけるように伝えるのは難しい。
私の師匠(?)にも幾度となく相談。
「ヨガをやりなさい、ヨガしかできない」
その助言は準備をすすめていくほどに腑に落ちてきました。
心の内までは見えませんが、目を閉じてヨガに集中しながらも身体の緩んでいく様子、委ねている姿には私にも伝わり安心しました。
なかには時折 緊張されている方も。
そんな方には是非また自分が安心できる空間で試していただきたいなぁ。
若かりし頃、心なんて無視できると信じていました。
形のない心、目に見えない心、だからどうにでもなると横着をしました。
その日々を続けた結果は悲惨なものでした。
その後 海外でヨガを学ぶ機会がありましたが、朝晩の瞑想はまるでサッパリ。
目を閉じれば、日本でやりたいアレコレ、帰ったら食べたいアレコレ…、モンキーマインドどころではなく、瞑想後にはあたかも映画のダイジェストを観たかのように疲れきっていました。
「あの まるで出来なかった瞑想、ヨガと交えて実践したら少しは出来るんじゃないだろうか」
「もう一度 アドバイスをもらいながらやってみたい」
結婚し、子どもを育て始めた私はこうも思いました。
「家族のなかで自分の気持ちがコントロールできない、今こそ私には瞑想が必要だ!」
名古屋のヨガスタジオでヨガと瞑想の指導を受けはじめました。
東京に住む私がクラスに参加できるチャンスは限られますが、そこで教わったことを自宅で実践し、また紹介された書籍を読んだり…
次第に子どもを追いかけバタバタする生活にも自然と瞑想を取り入れられるようになりました。
育児は、自分の生い立ちをなぞるように幼児期に感じたことを追体験します。
長らく頭の片隅にもなかったような、思い出とも呼べないような記憶がズルズルと姿をあらわすこともあります。
少し動揺したり、イライラしたり、過剰に怒ってしまう裏には何か原因があるのでしょう。
瞑想はそんな心の揺れにも効果があるのかも知れません。
(時に深く動揺した出来事を呼び覚ましてしまうこともあるかも知れませんが…)
とにもかくにも、
瞑想の落ちこぼれだった私が時間をつくっては座り、自分の気持ちに気づいたり、少し落ち着いたりを繰り返して、日常生活を前向きに送ることが出来ているのは、変わらず指導してくれている先生のお陰様とあらためて感謝の気持ちです。
自分にやさしくする、決して都合よく振る舞うとか面倒から目を背けるとかではなく、
心も養生する感覚。
横着だった過去の自分に伝えるように、ひと言 ひと言を伝えられたらいいな、と思うのです。